幼稚園教諭・保育士を辞めて初めて気づいた、「先生」と呼ばれる仕事の価値

キャリア
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幼稚園教諭・保育士として働き、一度は保育業界を離れた私が、改めて気づいた「先生」という仕事の価値。営業職や本部職を経験したからこそ見えた、保育という仕事の本当の魅力をお伝えします。

この記事でわかること

  • 一度保育を離れて気づいた「先生」という仕事の価値
  • 一般企業と保育現場の大きな違い
  • 保育という仕事だからこそ味わえる喜び
  • 保育士・幼稚園教諭という仕事が「天職」と感じた理由
  • キャリアに悩む保育者へ伝えたいこと

「このまま保育を続けていいのだろうか」

保育士や幼稚園教諭として働いていると、一度はそんなことを考えた経験があるのではないでしょうか。

私もその一人でした。

新卒で幼稚園教諭として働き、その後、一度保育業界を離れて営業職へ転職しました。

その後、保育士として現場へ戻り、主任、園長、本部職を経験し、現在は再び園長として現場に立っています。

保育を離れた経験、本部という現場を支える立場を経験したことで、私は改めて気づきました。

「先生」と呼ばれる仕事には、他の仕事にはない価値がある。

今日は、その理由をお伝えしたいと思います。


一番大きな違いは、「子どもの声が聞こえるかどうか」

営業職へ転職して最初に感じた違和感。

それは、

子どもの声が聞こえないことでした。

もちろん当たり前のことです。

オフィスには、

電話の音。

キーボードを打つ音。

商談の声。

聞こえてくるのは大人同士の会話ばかりでした。

仕事は進みます。

成果も出ます。

達成感もあります。

でも、

心が動く瞬間が少ない。

そう感じる自分がいました。

保育現場では、子どもたちの笑い声や泣き声、驚いた表情や嬉しそうな笑顔が日常にあります。

忙しい一日の中でも、

「先生見て!」

という一言に癒やされたり、

何気ない会話に元気をもらったりすることがあります。

あの空間が、私にとっては当たり前ではなく、とても特別なものだったのです。


子どもの「初めて」に立ち会える仕事

保育という仕事には、子どもの人生の「初めて」に立ち会える喜びがあります。

初めて歩けた日。

初めて友達と一緒に笑えた日。

初めて名前を書けた日。

初めて逆上がりができた日。

初めて「ありがとう」と伝えられた日。

その一つひとつを、保護者や職員と一緒に喜び合える仕事は決して多くありません。

毎年子どもが違えば、感動する場面も違います。

毎年新しい発見があり、新しい出会いがあります。

何年保育を続けても、同じ一年は一度もありません。

だからこそ、保育という仕事には飽きることのない魅力があるのだと思います。


本部職を経験して気づいた現場の尊さ

本部職へ異動したときも、多くの学びがありました。

研修資料を作成し、制度を調べ、通知や法令を確認し、現場へ情報を届ける仕事。

保育の知識だけではなく、根拠となる資料や出典を確認しながら、一つひとつ慎重に進める毎日でした。

現場の先生方に還元できる仕事だというやりがいはありました。

だからこそ続けることもできました。

しかし、

現場を離れて初めて気づいたことがあります。

「今日は一度も子どもの声を聞いていない。」

静かなオフィス。

聞こえるのはキーボードを打つ音。

会議の声。

聞き慣れないビジネス用語。

もちろん達成感はあります。

でも、

子どもと心が通じ合うような喜びとは、どこか違うものでした。


私にとって保育は「天職」だった

営業職を経験したことも、本部職を経験したことも、決して無駄ではありません。

社会人として多くのことを学びました。

だからこそ、

私は自分自身に何度も問いかけました。

「自分が自然体でいられる場所はどこなのだろう。」

その答えは、何度考えても同じでした。

子どもたちと関わっているとき。

保護者と子どもの成長を共有しているとき。

職員と一緒に保育を考えているとき。

そこにいる自分が、一番自然でした。

「やっぱり保育が好きなんだ。」

そう何度も思いました。


「先生、ありがとう。」の本当の意味

保護者から、

「先生、ありがとうございます。」

と言っていただくことがあります。

もちろん、とても嬉しい言葉です。

でも、

私は感謝されたくて保育をしているわけではありません。

子どもの成長を一緒に喜びたい。

保護者とその喜びを共有したい。

園での何気ない出来事を、その場面が伝わるように丁寧に届けたい。

そんな思いで日々関わってきました。

その積み重ねが、信頼につながっていたのだと思います。


「先生」と呼ばれる仕事には責任がある

先生という仕事は、人から見られる仕事でもあります。

勤務中だけではありません。

地域での振る舞いも含めて、「先生」として見られる場面があります。

責任もあります。

時には厳しい評価を受けることもあります。

だからこそ、大変な仕事だと感じることもあるでしょう。

それでも私は、この仕事だからこそ味わえる価値があると思っています。

子どもと心を通わせる時間。

保護者と成長を喜び合える瞬間。

職員と一緒に悩み、乗り越えた達成感。

そのどれもが、私にとってかけがえのない財産です。


キャリアに悩んでいる先生へ

心が動く瞬間は、人それぞれ違います。

一般企業で大きなやりがいを感じる人もいます。

保育以外の仕事が自分に合っている人もいます。

だから、どちらが正解ということではありません。

大切なのは、自分がどんな瞬間に心が動くのかを知ることです。

私の場合は、それが子どもたちと向き合う時間でした。

一度保育を離れたからこそ、その価値に改めて気づくことができました。

もし今、保育を続けるか迷っている方がいるなら、一度立ち止まって考えてみてください。

「自分は、どんな瞬間に一番心が動くのだろう。」

その答えが、これからのキャリアを考えるヒントになるかもしれません。


まとめ

私は幼稚園教諭として働き、一度保育を離れ、営業職や本部職を経験しました。

そのどれもが大切な経験です。

しかし、何度離れても戻ってきた場所は、子どもたちのいる現場でした。

子どもの笑顔に励まされ、成長に感動し、保護者と喜びを分かち合う。

そんな日々を積み重ねられる仕事は、決して多くありません。

だから私は今、改めてこう思います。

「先生」と呼ばれる仕事には、人の人生に寄り添える価値があります。

その価値は、給与や待遇だけでは測れないものです。

だからこそ、私はこれからも子どもたちとともに学び、成長し続けたいと思っています。

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