「どうしてこの子は、何度言っても分かってくれないんだろう?」
「みんなできているのに、どうしてこの子だけ難しいんだろう?」
「また友達とトラブルになってしまった……」
保育の現場では、子どもの行動に悩むことがあります。
- 落ち着いて座っていられない
- 保育士の話を聞かない
- 活動の切り替えができない
- 友達に手が出てしまう
- 集団活動に参加しない
- 何度声をかけても同じことを繰り返す
こうした姿が続くと、保育士も「困ったな」と感じることがあります。
もちろん、それは決して悪いことではありません。
子どもたちの安全を守り、集団を運営し、一人ひとりに丁寧に関わろうとしているからこそ、「どうしたらいいのだろう」と悩むのだと思います。
しかし、そこで一度だけ立ち止まってみたいことがあります。
「困った子」ではなく、「この子は何かに困っているのではないか?」という視点です。
子どもの行動を「問題」として見るのではなく、その行動の背景にある子どもの思いや困り感、そして環境との関係に目を向けてみる。
それだけで、同じ子どもの姿でも、保育士から見えるものが変わることがあります。
この記事では、保育の現場で実際に起こりやすい場面を例にしながら、子どもの行動を別の視点から捉えるインクルーシブ保育について考えていきます。
「困った子」と感じること自体が悪いわけではない
まず、大切にしたいことがあります。
「この子の対応、難しいな」
「今日は大変だったな」
と保育士が感じること自体を、悪いことにしないことです。
保育士も人間です。
一人で何人もの子どもを見ながら、安全に配慮し、活動を進め、他の子どもにも関わらなければなりません。
その中で、
- 「どうして何度言っても伝わらないんだろう」
- 「また同じことが起きてしまった」
と感じることは自然なことです。
問題なのは、「困った」と感じることではありません。その「困った」という気持ちを、子どもの人格や性格の評価にしてしまわないことです。
「困った子」「わがままな子」「落ち着きのない子」「話を聞かない子」と決めつけてしまうのではなく、
「なぜ、このような行動になっているのだろう?」
と考えてみる。
そこから、インクルーシブ保育の視点が始まるのではないでしょうか。
子どもの「行動」だけを見ると、見えなくなるもの
保育では、どうしても子どもの「行動」が目に入ります。
- 走る
- 泣く
- 怒る
- 叩く
- 逃げる
- 座らない
- 参加しない
しかし、行動だけを見ていると、その背景にあるものが見えなくなることがあります。
例えば、「活動中に立ち歩いてしまう」という子どもの姿があったとします。
「落ち着きがない」と捉えることもできますが、少し視点を変えて観察してみます。
- いつ立ち上がるのか
- どれくらい座っていられるのか
- 何の話をしているときに立つのか
- 他の活動ではどうなのか
- 身体を動かした後なら座っていられるのか
こうして見てみると、
- 「自由遊びの後は比較的座っていられる」
- 「話が長くなると立ち上がりやすい」
- 「実物を見せながら話すと集中している」
など、子どもの姿が少しずつ見えてくるかもしれません。
すると、
「座っていられない子」
ではなく、
「長い言葉だけの説明を聞きながら待つことが難しいのかもしれない」
という見方ができます。
もちろん、すべての行動を「困っているから」と決めつける必要はありません。
大切なのは、
「この行動には、どんな背景があるのだろう?」
と、多角的に考えることです。
現場で起こりやすい4つの実例と視点の切り替え
ここからは、実際の保育場面をイメージしながら考えてみましょう。
実例①「どうして座っていられないの?」
例えば、4歳児クラスで朝の集まりをしているとします。
保育士が今日の予定を話しているとき、一人の子どもが立ち上がって歩き始めました。
「○○くん、座ろう」
と声をかけると、一度は座ります。
しかし、しばらくするとまた立ち上がってしまいます。
このとき、「落ち着きがない子」と捉えることもできます。
しかし、少し視点を変えて観察してみます。
- いつ立ち上がるのか
- どれくらいの時間なら座っていられるのか
- どのような話になると立ち上がるのか
- 他の活動ではどうなのか
- 身体を動かした後はどうなのか
すると、
「自由遊びの後は比較的座っていられる」
「話が長くなると立ち上がりやすい」
「実物を見せながら話すと集中している」
など、その子の特徴が見えてくるかもしれません。
すると、
「座っていられない子」ではなく、「長い言葉だけの説明を聞きながら待つことが難しいのかもしれない」
という見方ができます。
保育士ができる環境や関わりの工夫
例えば、
- 話を短くする
- 絵や写真を見せる
- 実物を見せながら説明する
- 次の活動を分かりやすく伝える
- 集まりの時間を短くする
- 身体を動かす活動を取り入れる
といった工夫が考えられます。
ここで大切なのは、子どもを「座れるようにする」ことだけを目標にしないことです。
子どもを変えるのではなく、子どもが参加しやすい条件を考える。
それもインクルーシブ保育の大切な視点です。
実例②「友達を叩いてしまう」
もう一つ、保育現場で悩みやすいのが、友達とのトラブルで手が出てしまう場面です。
例えば、遊んでいたおもちゃを友達に取られ、その子を叩いてしまったとします。
安全のために止める必要があり、
「叩かないよ」
「痛いからやめようね」
と伝えることも大切です。
しかし、そこで終わらせず、
「なぜ叩いたのか?」
を考えてみます。
- 「貸して」と言葉で伝えることが難しかった
- 「取られた」と感じたけれど、どうすればいいのか分からなかった
- 怒りや悔しさが大きくなり、自分で気持ちを調整することが難しかった
- 友達とのやり取りそのものが難しかった
理由は一つとは限りません。
だからこそ、
「叩いた=悪い子」
とするのではなく、
「叩くという行動以外の方法で気持ちを表現できるようにするには、どうしたらいいだろう?」
と考えることができます。
「使いたかったんだね」
と気持ちを受け止めながら、
「『貸して』って言ってみよう」
「先生と一緒に伝えてみよう」
と、別の伝え方を経験できるようにします。
そして、同じトラブルが起きたときにも、過去の行動だけを見るのではなく、
「今日は手が出る前に先生に知らせに来た」
「『貸して』と言えた」
という小さな変化に目を向けることも大切です。
子どもの育ちは、問題行動が「なくなったか」だけでは測れません。
その行動の代わりとなる方法を少しずつ身につけているか。
そこにも目を向けてみましょう。
実例③「活動に参加しない」
「今日は制作をします」
と伝えたとき、みんなが机に集まっているのに、一人だけ離れた場所にいる。
「○○ちゃんもおいで」
「みんなやっているよ」
と声をかけても動かない。
そんな場面もあるかもしれません。
このとき、
「活動に参加したくない子」
と考えることもできます。
しかし、もう一歩深掘りしてみます。
- 何をするのか理解できているか
- 完成したものをイメージできているか
- 道具の使い方が分かっているか
- 大勢の中で活動することが苦手ではないか
- 失敗することを不安に感じていないか
- 過去に似た活動で困った経験がなかったか
もしかすると、
「やりたくない」のではなく、「どうやって参加したらいいのか分からない」
のかもしれません。
その場合、
「みんなと同じようにやろう」
と求めるだけではなく、
- 「先生と一緒に一つ作ってみる?」
- 「まず道具を触ってみる?」
- 「先生が作るところを見てみる?」
- 「見ているだけでもいいよ」
など、参加するための入り口を増やすことができます。
最初は見ているだけだった子が、途中から少しだけ参加する。
その変化も大切な一歩です。
実例④「切り替えができない」
「もうお片付けの時間だよ」
と伝えても遊びをやめられない。
「早く片付けよう」
「もう終わりだよ」
と何度声をかけても、なかなか動かない。
こうした姿も、
「切り替えが苦手」
という言葉でまとめられがちです。
しかし、
「終わりが分かっていないのでは?」
という視点を持つこともできます。
子どもにとって、「今すぐ遊びを終わらせる」ということは、決して簡単なことではありません。
特に、遊びに夢中になっているときには、大人が思っている以上に「終わり」を受け入れることが難しい場合があります。
切り替えを支える工夫
- 「あと5分でお片付けだよ」と見通しを伝える
- 時計やタイマーなどで終わりを視覚的に示す
- 「最後に一回遊んだら片付けよう」と区切りをつける
- 「車から片付ける?それともブロックから?」と選択肢を渡す
- 次に何をするのかを伝える
あらかじめ終わりを予測できるようにすることで、自分から切り替える準備ができる場合があります。
「何度言っても切り替えられない子」と考えるのではなく、
「切り替えるための見通しが必要な子なのかもしれない」
と考えてみることで、関わり方が変わってきます。
「困っている子」と決めつけすぎることにも注意したい
ここまで、「困った子」ではなく「困っている子」という視点を紹介してきました。
しかし、一つ注意したいことがあります。
それは、
「この子は困っているはずだ」と大人が決めつけすぎないことです。
例えば、
「本当は友達と遊びたいはず」
「本当は活動に参加したいはず」
「本当はできるはず」
と、大人が子どもの気持ちを決めつけてしまうことがあります。
しかし実際には、
「今日はやりたくない」
「一人でいたい」
「今は見ていたい」
という素直な気持ちなのかもしれません。
だからこそ、
「困った子」から「困っている子」へ見方を変えること自体がゴールではありません。
大切なのは、
「この子は今、何を感じているのだろう?」
「この行動にはどんな意味があるのだろう?」
「環境や関わり方によって変わる部分はないだろうか?」
と、決めつけずに理解しようとし続ける姿勢です。
子どもを変える前に、環境を見直してみる
子どもの行動に困ったとき、
「どうやったらこの子を変えられるだろう?」
と考えがちです。
しかし、インクルーシブ保育では、
「環境を変えたら、この子の姿はどう変わるだろう?」
という視点を加えてみます。
| 子どもの姿 | 環境や関わりの見直し |
|---|---|
| 話を聞くことが難しい | 説明を短くする/絵や写真を使う/実物を見せる |
| 切り替えが難しい | 事前に予告する/見通しを伝える/終わりの合図を決める |
| 活動に参加しにくい | 少人数で行う/保育士と一緒に始める/見ている時間も認める |
| 友達とのトラブルが多い | 遊ぶ場所を工夫する/玩具の数を調整する/保育士が間に入りやすい配置にする |
こうして考えると、
「子どもに合わせる」ことは、甘やかすことではない
と分かります。
その子が安心して参加できる条件を整えることも、保育士の大切な専門性です。
そして、環境を整えることは、その子だけのためとは限りません。
説明を短くする。
予定を分かりやすくする。
選択肢を用意する。
活動の見通しを伝える。
こうした工夫は、多くの子どもにとって分かりやすく、過ごしやすい環境につながります。
「みんなと同じ」ができることだけをゴールにしない
保育現場では、
「みんなと一緒に」
「みんなと同じように」
という場面が多くあります。
集団生活の中で共通の経験をすることには大きな意味があります。
しかし、
「みんなと同じようにできること」だけを成長として捉える必要はありません。
例えば、みんなと一緒に制作することが難しかった子が、
- 今日は制作の場所まで来られた
- 今日は道具を触ることができた
- 先生と一緒なら一つ作れた
- 今日は途中まで参加できた
という姿を見せたとします。
これらは、その子にとって立派な育ちです。
「全部できた」か「できなかった」かだけではなく、
その子なりの一歩を見る。
それが、子どもの主体性を尊重する保育につながります。
保育士が見るのは「できた・できない」だけではない
子どもの姿を見ていると、「できた/できなかった」という結果に目が向きやすくなります。
しかし、その間にある小さな変化にも目を向けることが大切です。
例えば、
- 自分から活動場所に来た
- 保育士の話を少し聞けた
- 「嫌」と言葉で伝えられた
- 友達に手を出す前に助けを求めた
- 苦手な場所でも少しだけ過ごせた
- いつもより長く遊びに参加できた
- 自分から「やってみたい」と言った
こうした姿を見つけることができれば、
「この子はできない」
という評価ではなく、
「この子は今、ここまで育ってきている」
という見方ができます。
そして、その姿を職員間で共有することも大切です。
「今日は○○ができなかった」
だけではなく、
「今日は○○という姿が見られた」
と、具体的な事実を共有する。
そうすることで、チーム全体で子どもの育ちを捉えやすくなります。
一人の保育士だけで「答え」を出さなくてもいい
子どもの行動には、すぐに答えが見つからないことも多くあります。
そんなときこそ、一人で抱え込まないことが大切です。
例えば、
「私はこう見えているけれど、○○先生はどう見える?」
「この時間帯に特に立ち歩くのは、何か理由があるかな?」
「昨日はどうだった?」
「戸外ではどんな姿が見られる?」
と、職員同士で子どもの姿を話し合ってみましょう。
一人の保育士には、
「落ち着きがない」
と見えていた姿が、別の保育士には、
「少人数なら集中している」
「戸外では友達とよく遊んでいる」
と見えているかもしれません。
複数の視点を重ねることで、その子の姿が立体的に見えてくるようになります。
チームで子どもを支えること自体が、インクルーシブ保育の大切な基盤です。
インクルーシブ保育は「特別な子のための保育」ではない
インクルーシブ保育と聞くと、
「特別な配慮が必要な子どものための保育」
というイメージを持つことがあるかもしれません。
もちろん、一人ひとりに必要な配慮を考えることは重要です。
しかし、この考え方は特定の子どもだけに向けられるものではありません。
例えば、
「どうしたら、この子が参加できるだろう?」
「どうしたら、この子が安心できるだろう?」
「この子にとって分かりやすい環境はどんなものだろう?」
と考えることは、すべての子どもの保育につながります。
活動の予定を視覚的に示す。
説明を短く整理する。
選択肢を用意する。
活動の見通しを伝える。
こうした工夫は、特定の子どもだけではなく、クラス全体の「分かりやすさ」や「過ごしやすさ」を高めることにもつながります。
だからこそ、インクルーシブ保育は「特別な支援をすること」だけではありません。
一人ひとりの違いを前提に、誰もが参加しやすい保育を考えること。
そのように捉えることもできるのではないでしょうか。
子どもの行動の「理由」を探すことから始めてみよう
子どもの行動には、必ずしも一つの答えがあるわけではありません。
だからこそ、次のようなプロセスを意識してみましょう。
① 行動を見る
まずは、「何が起きているのか」を具体的に見ます。
「落ち着きがない」ではなく、
「集まりが始まって5分ほどすると立ち上がる」
というように、できるだけ事実として捉えます。
② いつ、どんな場面で起きているのかを見る
時間帯、活動、場所、相手などによって、子どもの姿が変わることがあります。
③ その前後に何があったのかを見る
「その行動だけ」を見るのではなく、その前に何が起きていたのか、その後にどうなったのかも見てみます。
④ 環境や保育士の関わりを振り返る
「子どもができない理由」だけではなく、
「説明の仕方はどうだったか」
「待つ時間は長すぎなかったか」
「場所や人数は適切だったか」
など、環境側にも目を向けます。
⑤ 子どもにとって過ごしやすい方法を考える
その子が安心して参加できる方法を、職員間で考えてみます。
そして、実際に試してみたら、
「その方法で子どもの姿はどう変わったのか」
をまた観察します。
このサイクルを繰り返していくことで、子どもの行動を一面的に捉えず、その子に合った保育を考えやすくなります。
まとめ:「困った子」ではなく、その子の姿をそのまま見てみる
「どうしてできないんだろう」
「どうして何度言っても分からないんだろう」
と思ったときこそ、
「この子は何に困っているのだろう?」
と、一度立ち止まってみてください。
そして、さらに一歩進んで、
「そもそも、この子は本当に困っているのだろうか?」
と考えてみる。
もしかすると、子ども自身ではなく、環境や伝え方、活動の設定に難しさがあるのかもしれません。
もちろん、すべての行動に明確な理由があるわけではありません。
だからこそ、
「この子は今、何を感じているのだろう?」
「この行動には、どんな意味があるのだろう?」
「環境を変えたら、子どもの姿はどう変わるだろう?」
と考え続ける姿勢が大切です。
インクルーシブ保育は、特別な支援技術を知ることだけではありません。
子どもの見方を少し変えてみること。
そして、
子どもを変える前に、保育士の関わりや環境を見直してみること。
「困った子」と感じたときこそ、一呼吸置いて、その姿をもう一度見つめ直してみる。
すると、
「この子はできない」
と思っていた姿の中に、
「ここならできる」
「こうすれば参加できる」
「こんなことなら自分からできる」
という、その子の可能性が見えてくるかもしれません。
それは、子どもにとってだけではなく、保育士にとっても新しい発見になります。
子どもの行動を変えることだけを考えるのではなく、その子が安心して過ごし、参加し、自分らしく育っていける環境を一緒につくっていく。
その視点こそ、日々の保育をインクルーシブにしていく第一歩なのではないでしょうか。
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インクルーシブ保育について、基本的な考え方から現場での具体的な関わり方、チームで支える保育まで、さらに詳しく解説しています。
まずは基本から
→ インクルーシブ保育とは?すべての子どもが安心して過ごせる環境をつくるために保育者が考えること
子どもの「今」に寄り添う
→ 【現場の保育士向け】その子の「今」に寄り添うインクルーシブ保育|今日からできる関わり方と実践のヒント
保育士自身も一人で抱え込まない
→ 【現場の保育士向け】一人で抱え込んでいない?「保育士もインクルーシブ」で考える、チームで支える保育

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