「インクルーシブ保育の考え方は分かった。でも、実際の保育ではどうすればいい?」
「一人ひとりに合わせたいけれど、全員に対応していたら保育が回らない」
「これは配慮なのか、それとも甘やかしなのか」
「集団の中で、どこまでその子に合わせればいいのだろう」
インクルーシブ保育を実践しようとすると、こうした迷いが出てきます。
理念としては理解できても、現場では一人の保育者が複数の子どもを見ながら、その場で判断しなければならないことがたくさんあります。
インクルーシブ保育は、すべての子どもに同じことをする保育ではありません。
一方で、一人ひとりの希望をすべてそのまま受け入れることでもありません。
大切なのは、
「その子が安心して参加できる方法は何か」
「今の環境を変えることでできることはないか」
「集団全体として無理のない保育になっているか」
を考えていくことです。
完璧な対応方法を覚えるよりも、
「迷ったときに、何を見て考えるか」
という判断の軸を持っておく方が、実際の保育では役立ちます。
この記事では、インクルーシブ保育の理念そのものではなく、日々の保育で迷ったときに使える実践的な考え方を整理します。
この記事でわかること
・個別の配慮を考えるときの視点
・困った行動の背景を捉える方法
・保育者が一人で対応するときの考え方
・環境調整の具体例
・クールダウンを考えるときの注意点
・保護者との伝え方
・チームで支えるための考え方
インクルーシブ保育で大切なのは「同じにすること」ではない
インクルーシブ保育というと、
「みんな同じ活動に参加させること」
「特別扱いをしないこと」
と考えることがあります。
しかし、大切なのは、全員を同じ方法に合わせることではありません。
例えば、同じ集団活動でも、
最初から最後まで参加できる子。
保育者のそばなら参加できる子。
少し離れたところから見ている子。
途中から参加する子。
さまざまな参加の仕方があります。
「同じことができたか」だけではなく、
「その子なりに参加できる方法はあるか」
と考えることが大切です。
1.「これは配慮?甘やかし?」と迷ったときの3つの視点
個別に対応していると、
「そこまでしていいのかな」
「他の子に不公平ではないかな」
と迷うことがあります。
そんなときは、次の3つから考えてみます。
① 診断名だけで決めず、今の子どもの姿を見る
保育の中では、診断の有無だけで関わり方を決めることはできません。
診断があるから配慮する。
診断がないから通常通りにする。
という二択ではなく、
「今、この子は何に困っているのか」
を見ることが大切です。
例えば、
・集団での指示が分かりにくい
・大きな音や人の多さに負担を感じている
・活動の切り替えが難しい
・気持ちを言葉で伝えにくい
・予定が分からないと不安になる
などです。
診断や専門的な評価が必要な場合には、家庭や関係機関と連携することも重要です。
その一方で、園では目の前の子どもの姿を丁寧に見ながら、今できる支援を考えていきます。
② 行動だけでなく、その前後を見る
子どもが、
「叩く」
「大声を出す」
「その場から離れる」
「活動に入らない」
といった姿を見せると、その行動自体が問題に見えやすくなります。
もちろん、誰かを傷つける危険がある場合には、まず安全を確保しなければなりません。
ただ、その後に、
「直前に何があったのか」
「何を伝えようとしていたのか」
「その子にとって難しかったことは何だったのか」
を振り返ってみます。
例えば、
活動の切り替えが突然だった。
音が大きかった。
待つ時間が長かった。
使いたかった玩具を取られた。
言葉で伝えられなかった。
そうした背景が見えることがあります。
背景を理解することと、危険な行動を認めることは別です。
まず安全を守る。
そのうえで、なぜその行動が起きたのかを考える。
この順番を大切にします。
③ 「行動を直すこと」だけを目標にしない
例えば、
「座れるようにする」
「泣かないようにする」
「集団から離れないようにする」
ことだけを目標にすると、その子が感じている困りごとを見落とすことがあります。
集団活動に入れない子がいるなら、
「全員と同じように座らせる」
だけでなく、
「少し離れた場所から見る」
「保育者と一緒なら参加する」
「短い時間だけ参加する」
といった方法も考えられます。
大切なのは、
「できるか、できないか」
だけでなく、
「どうすれば参加しやすくなるか」
を見ることです。
2.迷ったときは「何を優先するか」を整理する
複数の子どもを同時に保育していると、すべてに同時に対応することはできません。
これは、保育者の力量不足ではありません。
だからこそ、その場で何を優先するかを整理しておくと判断しやすくなります。
これは法令上の決められた順番ではありませんが、私は現場で迷ったときの一つの考え方として、
1.安全
2.強い不安や混乱
3.集団全体への影響
4.参加方法や環境の調整
という順で考えると整理しやすいと思っています。
① まず安全を確保する
最優先は安全です。
例えば、
・飛び出しそう
・転倒や転落の危険がある
・友達を傷つける可能性がある
・危険物に触れようとしている
といった場合には、まず止めます。
「本人の気持ちを尊重しなければ」
と考えるあまり、安全確保が遅れてはいけません。
安全を守ることも、その子を大切にすることの一つです。
② 強い不安や混乱があるときは、説明より環境を整える
子どもが強く興奮しているときに、
「どうしてやったの?」
「ちゃんと話して」
と長く説明を求めても、うまく伝わらないことがあります。
まずは、
・刺激を減らす
・声量を落とす
・人との距離を調整する
・安心できる場所へ移る
・信頼できる保育者がそばにいる
など、落ち着きやすい環境をつくります。
理由を確認したり、次の方法を一緒に考えたりするのは、落ち着いてからでも構いません。
③ 一人への対応だけでなく、集団全体も見る
インクルーシブ保育では、一人ひとりを大切にします。
ただ、一人の子どもだけに保育者が長時間付き続けることで、他の子どもたちの安全や安心が保てなくなっては困ります。
だからこそ、
「今はこの子に対応する」
「その間、別の職員が全体を見る」
「活動そのものを少し変える」
など、チームで調整します。
そして、
「あの子がいるから活動できない」
ではなく、
「今の子どもたちに、この活動方法は合っているだろうか」
と環境側にも目を向けます。
④ 参加方法を一つにしない
すべての子どもが、
同じ場所で。
同じ時間に。
同じ方法で。
同じ量だけ参加する必要はありません。
「今日は見ていてもいいよ」
「先生の近くでやってみようか」
「途中から入ってみる?」
といった選択肢があってもいいと思います。
参加の方法に幅を持たせることで、子ども自身が「やってみよう」と思えることがあります。
3.「困った行動」を別の角度から見てみる
子どもの行動を見たとき、最初に浮かんだ評価を少し変えてみると、支援の方法が見えてくることがあります。
| 見えている姿 | 考えてみたいこと | 環境や関わりの例 |
|---|---|---|
| 噛む・叩く | 気持ちを伝える方法に困っている? | 直前の状況を見る、代わりの伝え方を知らせる |
| 落ち着かない | 体を動かしたい?刺激が多い? | 動ける役割をつくる、刺激を減らす |
| 集団に入らない | 安心できる距離が必要? | 見学、部分参加、保育者のそばで参加 |
| 指示が入りにくい | 情報量が多い? | 一度に一つ伝える、視覚的に示す |
| こだわりが強い | 見通しが持てず不安? | 予定や終わりを事前に知らせる |
| すぐ泣く | 気持ちを整えることが難しい? | 安心できる場所や関わりを用意する |
ここで注意したいのは、
「この行動なら原因はこれ」
と決めつけないことです。
あくまで、
「別の見方ができないだろうか」
と考えるためのヒントです。
4.まず子どもを変える前に、環境を変えられないか考える
子どもの行動に困ったとき、
「この子にどう教えるか」
を考える前に、
「環境を変えることでできることはないか」
を考えてみます。
例えば、
待ち時間が長い。
説明が多い。
人が多すぎる。
音が大きい。
次に何をするか分からない。
活動時間が長い。
こうした環境が、その子の困り感を大きくしていることがあります。
保育所保育指針でも、障害のある子どもについて、一人ひとりの発達過程や状態を把握し、適切な環境のもとで他の子どもと共に成長できるようにすることが示されています。
インクルーシブ保育では、子どもだけを変えようとするのではなく、
「今の環境は、この子にとってどうだろう」
と考える視点が欠かせません。
5.クールダウンは罰や隔離にしない
子どもが強く感情的になったとき、一時的に刺激の少ない場所で過ごすことがあります。
この場合、大切なのは、
「みんなと一緒にできなかったから外に出す」
という罰にしないことです。
また、子どもを一人にして長時間放置することとも違います。
目的は、
「気持ちを整え、安心できる状態に戻ること」
です。
子どもの年齢や状態に応じて、保育者がそばにいる、見守れる場所を使う、本人が戻れる見通しを持てるようにするなどの配慮が必要です。
0〜1歳児
乳児期は、自分だけで感情を調整することはまだ難しい時期です。
抱っこ。
そばにいる。
刺激を減らす。
穏やかに声を掛ける。
こうした大人との関わりを通して、少しずつ落ち着きを取り戻します。
2〜3歳児
言葉だけで気持ちを整理することは、まだ難しい時期です。
危険な行動を止めたうえで、
「嫌だったね」
「先生とここで少し休もうか」
など、短い言葉で受け止めます。
興奮している最中に長く話をする必要はありません。
4〜5歳児
少しずつ、自分が落ち着きやすい方法を知っていくこともできます。
「少し休む?」
「先生のそばで見ている?」
など、本人が選べる方法を用意することもあります。
大切なのは、
「反省するまで戻れない」
とすることではなく、落ち着いたら再び安心して集団へ戻れることです。
6.保護者対応は「困りごとの報告」で終わらせない
インクルーシブ保育では、家庭との連携も重要です。
保育所保育指針でも、障害のある子どもの保育では家庭や関係機関と連携し、必要に応じて個別の支援計画を作成するなど適切な対応を行うことが示されています。
大切なのは、
「園で困っています」
と伝えることだけではありません。
「園ではこういう姿があります」
「こうすると参加しやすいです」
「ご家庭ではどうでしょうか」
と情報を持ち寄り、一緒にその子を見ていくことです。
比較する言葉を使わない
例えば、
「みんなはできています」
と言われると、保護者には、
「うちの子だけできていない」
と聞こえることがあります。
それよりも、
「今はこういう場面で難しさを感じています」
「この方法だと参加しやすい姿があります」
と、その子自身の姿を伝えます。
将来への不安を必要以上に煽らない
「このままだと小学校で困ります」
とだけ伝えても、保護者の不安が大きくなるだけかもしれません。
例えば、
「今は集団の切り替えで難しさがあります」
「事前に予定を伝えると動きやすい姿があります」
「就学も見据えながら、今できることを一緒に考えていきたいです」
と、現在の姿と支援の方向を伝えます。
保育者が診断名を決めつけない
園で気になる姿があっても、
「発達障害だと思います」
「○○障害ではないでしょうか」
と、保育者だけで診断名を決めつけることは避けます。
保育者が伝えるのは、
「どんな場面で」
「どんな姿があり」
「どんな関わりなら過ごしやすいか」
という具体的な事実です。
必要に応じて、保護者と相談しながら専門機関や関係機関との連携を考えます。
7.一人の保育士が全部背負わない
インクルーシブ保育というと、
「一人ひとりに完璧に対応できる保育士にならなければ」
と思ってしまうことがあります。
でも、一人の保育者だけで全てに対応することはできません。
保育所保育指針でも、全職員による適切な役割分担と協力体制を整えることが示されています。
「この子は私しか分からない」
「私がずっと対応しなければ」
という状態をつくらないことも大切です。
子どもの姿を共有する。
対応方法を共有する。
特定の職員に負担が集中していないか確認する。
園長、主任、看護師、栄養士など、必要な人と一緒に考える。
家庭や専門機関とも連携する。
インクルーシブ保育は、担任一人の力量だけで実現するものではありません。
8.対応に迷ったときの4ステップ
現場で迷ったときは、次の4つに戻って考えてみます。
STEP1|安全を確認する
まず、
・けがの危険はないか
・誰かを傷つける可能性はないか
・飛び出しなどの危険はないか
を確認します。
理由を考えるより先に、安全を確保します。
STEP2|直前の状況を見る
次に、
「その前に何があった?」
と振り返ります。
例えば、
・活動の切り替え
・大きな音
・人の多さ
・待ち時間
・疲れ
・空腹
・予定の変更
・保育者の声掛け
などです。
STEP3|環境に足せるものを考える
叱る前に、
「何があれば、この子は過ごしやすいだろう」
と考えます。
例えば、
・短い説明
・見通し
・休息
・安心できる場所
・視覚的な手掛かり
・体を動かす時間
・保育者の援助
などです。
STEP4|チームで共有する
最後に、
「こういうことがありました」
「こう考えています」
「でも、ここは迷っています」
と共有します。
答えを出してから相談する必要はありません。
迷っている段階で相談することも、保育の専門性の一つです。
9.チームで定期的に振り返りたいこと
個別の対応を始めたら、そのまま続けるのではなく、定期的に振り返ります。
子どもに無理がかかっていないか
最近、
・泣くことが増えた
・活動を嫌がるようになった
・友達とのトラブルが増えた
・疲れやすくなった
といった変化がないかを見ます。
特定の職員に負担が偏っていないか
いつも同じ職員だけが対応している。
その職員が休むと保育が成り立たない。
という状態になっていないか確認します。
今の環境は子どもたちに合っているか
「去年もこうしていたから」
ではなく、
今いる子どもたちに合わせて、
活動時間。
人数。
場所。
待ち時間。
声掛け。
役割分担。
などを見直します。
子どもが変われば、必要な環境も変わります。
インクルーシブ保育は「特別な子どものための保育」ではない
環境を分かりやすくする。
見通しを伝える。
安心できる場所をつくる。
選択肢を用意する。
説明を短くする。
こうした工夫は、特定の子どもだけに役立つものとは限りません。
一人の子どもが過ごしやすくなるように環境を変えた結果、他の子どもたちにも分かりやすくなることがあります。
インクルーシブ保育を、
「一部の子どもへの特別対応」
ではなく、
「誰もが参加しやすい保育を考えること」
として捉えることが大切です。
まとめ|迷ったら、子どもではなく「子どもと環境の関係」を見る
インクルーシブ保育では、
「これが正解」
という対応がいつもあるわけではありません。
同じ子どもでも、その日の体調や環境によって必要な関わりは変わります。
だからこそ、
まず安全を守る。
子どもの姿を見る。
行動の背景を考える。
環境を調整する。
参加方法を考える。
保護者と情報を共有する。
一人で抱え込まず、チームで考える。
という基本に戻ることが大切です。
インクルーシブ保育は、誰か一人の「対応が上手な保育士」が実現するものではありません。
一人ひとりの子どもの姿を職員みんなで理解し、
「今、この子とこのクラスに必要なのは何だろう」
と考え続けること。
その積み重ねによって、子どもも保育者も安心して過ごせる環境がつくられていくのだと思います。
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