「子ども主体の保育」と人員配置の難しさ|一人ひとりに寄り添う保育を支える人的環境を考える

保育内容
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「子ども一人ひとりの気持ちに寄り添いましょう」

「子どもの主体性を大切にしましょう」

「子どもの人権を尊重した保育をしましょう」

現在の保育現場では、このような言葉を耳にする機会が増えました。

もちろん、これはとても大切なことです。

子どもを一人の人間として尊重し、その思いや願いを受け止めながら、一人ひとりの発達や生活に合わせて保育を行っていく。

保育所保育指針でも、子どもの主体性を尊重することや、一人一人の子どもの状況を把握しながら保育を行うことが大切にされています。

一方で、現場に立っていると、私は一つの疑問を感じることがあります。

「今、私たちが求められている保育を、本当に現在の人的配置だけで十分に支えることができるのだろうか」

という疑問です。

この記事では、現役園長として、子ども主体の保育と人員配置について考えてみたいと思います。

配置基準は、実際に見直されている

まず、誤解のないようにしておきたいことがあります。

「国は昔から何も変えていない」

という話ではありません。

保育士の配置基準は、実際に改善されています。

2024年度からは、3歳児について従来の20人につき1人から15人につき1人へ、4・5歳児については30人につき1人から25人につき1人へと改善されました。

特に4・5歳児については、制度創設以来76年ぶりの配置改善です。

これは、保育現場を取り巻く状況の変化や、保育の質、安全性などを踏まえた大きな前進だと思います。

現在も国は、配置基準の改善を進めながら、保育の質の確保・向上や保育人材の確保について検討を続けています。

つまり、制度そのものも変化しているのです。

では、それでもなぜ「人が足りない」と現場で感じるのでしょうか。

私は、ここに現在の保育の難しさがあると思っています。

「基準を満たしている」と「丁寧な保育ができる」は同じではない

例えば、3歳児15人に対して保育士1人。

4・5歳児25人に対して保育士1人。

これは現在の配置基準における一つの基準です。

もちろん、基準を守ることは大前提です。

しかし、

「基準を満たしているから、十分な保育環境が整っている」

と考えてよいのでしょうか。

ここは分けて考える必要があります。

配置基準は、保育所を運営するうえで必要となる最低限の基準です。

一方で、現在、保育者に求められていることを考えてみると、非常に多くのことがあります。

子どもの安全を見る。

子どもの気持ちを受け止める。

子ども同士の関係を見守る。

一人ひとりの発達を理解する。

必要なときには個別に声をかける。

子どもが自分で考えたり、選択したりすることを支える。

保護者とのコミュニケーションを取る。

記録を残す。

職員同士で情報共有する。

さらに、事故防止や不適切保育の防止についても高い意識が求められます。

これらを、一人の保育者が同時に担う場面もあります。

そう考えると、

「人数として基準を満たしていること」と「一人ひとりに丁寧に関われること」は、必ずしも同じではない

ということが見えてきます。

保育の考え方が変われば、保育者に求められることも変わる

以前の保育と現在の保育を単純に比較することはできません。

昔の保育がすべて悪かったわけでもありません。

一斉に活動することにも意味がありましたし、保育者が全体をまとめながら集団を動かすことも、保育者に求められる重要な専門性でした。

ただ、現在はそれだけではありません。

子ども一人ひとりの思いや発達を捉え、必要に応じて環境を変えたり、関わり方を変えたりしながら保育を行うことが求められています。

「みんな同じようにできるようにする」だけではなく、

「この子は今、何を感じているのだろう」

「なぜ、この行動をしているのだろう」

「この子にとって今必要な関わりは何だろう」

と考えることが必要になります。

これは、保育者にとって非常に高度な専門性が求められる保育です。

そして当然ですが、子どもの人数が多くなれば、一人の保育者が同時に把握しなければならない情報も増えていきます。

「子ども主体」は、保育者にとって簡単な保育ではない

私はここを、もっと保育現場で共有してもよいのではないかと思っています。

子ども主体の保育は、保育者が楽になる保育ではありません。

むしろ、難しくなる場面があります。

例えば、一斉に「今から散歩に行きます」と声をかければ、全員を同じ方向へ動かすことはできます。

しかし、

「今日は散歩に行きたくない」

という子どもがいたとき。

その子の気持ちを受け止めながら、

「なぜ行きたくないのかな」

「どうしたらこの子は安心して過ごせるかな」

と考える。

さらに、その間も他の子どもたちの安全を見なければなりません。

こうした保育には、時間も人も必要です。

そして何より、保育者自身の判断力が求められます。

だからこそ「人的環境」を考える必要がある

ここで大切になるのが、「人的環境」という考え方です。

子どもを取り巻く環境というと、玩具や遊具、部屋の広さ、絵本、自然環境などを思い浮かべるかもしれません。

しかし、保育園においては、そこにいる「人」も子どもの育ちを支える大きな環境です。

どれだけ素晴らしい保育理念を掲げても、

保育者が疲れ切っている。

相談できる職員がいない。

一人で抱え込んでいる。

子ども一人ひとりを見る余裕がない。

そんな状況では、理念を実践することは難しくなります。

だからこそ、私は「子ども主体の保育」を考えるとき、人員配置についても一緒に考える必要があると思っています。

【内部リンク:保育における人的環境とは?】

「人がいればできる」で終わらせてはいけない

ただし、ここでも注意したいことがあります。

「もっと人がいれば、良い保育ができる」

これは確かに一面では正しいと思います。

しかし、すべてを人員不足の問題にしてしまうことにも、私は違和感があります。

現在、保育士の採用が簡単ではない園は少なくありません。

必要な人数を集めたくても、なかなか採用できない。

採用しても長く働いてもらうことが難しい。

そうした現実があります。

だからこそ、

「人が足りないから無理」

だけではなく、

「今いる人員の中で、どうすればより良い保育ができるのか」

を考える必要があります。

同時に、

「そもそも今の人員配置で、本当に現場に無理がないのか」

ということを運営側も考えなければなりません。

この両方が必要なのだと思います。

保育士に求められる専門性は、以前より高くなっている

現在の保育は、決して簡単ではありません。

子どもの気持ちに寄り添う。

人権を尊重する。

主体性を大切にする。

不適切な関わりを防ぐ。

安全を守る。

保護者とも信頼関係を築く。

職員同士で連携する。

これらを同時に行う必要があります。

国家資格である保育士だからできて当然、と簡単に言えるものではないと思います。

むしろ、これだけ多くのことを求められるからこそ、保育という仕事の専門性は非常に高いのだと思います。

だからこそ、保育者を責めるだけでは問題は解決しません。

運営側も、現場の負担感を理解しなければなりません。

園長・主任には「現場と運営をつなぐ役割」がある

園長や主任の役割は、単に「もっと頑張りましょう」と職員を鼓舞することではありません。

現場の保育者が感じている負担や葛藤を受け止める。

必要であれば現場に入る。

人員配置や業務の見直しを考える。

そして同時に、

「子ども主体だから、何でも子どもの言う通りでいいのか」

「保護者からの要望をどう考えるのか」

「園として何を大切にするのか」

ということを、職員と一緒に考えていく。

私は、この対話こそが園運営には欠かせないと思っています。

子ども主体の保育を実現するために

子ども主体の保育を実践するためには、保育者の努力だけでは限界があります。

制度としての配置基準。

園としての職員配置。

保育補助者などを含めた人的体制。

職員同士の連携。

園長・主任によるフォロー。

保護者との対話。

そして、一人ひとりの保育者の専門性。

これらが重なり合って、初めて子ども主体の保育を支えることができます。

国も配置基準の改善や保育人材の確保、保育の質の向上を進めています。

それでも、現場にはまだ難しさがあります。

だからこそ私たちは、

「基準を満たしているから大丈夫」

でも、

「人が足りないから無理」

でもなく、

「今の環境で、どうすれば子どもにとってより良い保育ができるのか」

を考え続ける必要があるのだと思います。

子ども主体の保育は、保育者一人の頑張りだけで実現するものではありません。

子どもを中心に、保育者、主任、園長、運営側、そして保護者が、それぞれの立場から考え、対話していく。

その積み重ねこそが、これからの保育には必要なのではないでしょうか。

【内部リンク:子どもの主体性とは?保育者が「待つ」ことの意味

【内部リンク:今求められている「保育の質」とは?

【内部リンク:保育園の園内研修ネタ30選

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