「もう少し人がいれば、もっと丁寧に保育できるのに」
保育現場で、この言葉を聞くことがあります。
私は、これは決して現場の甘えではないと思っています。
現在の保育では、子ども一人ひとりの気持ちを受け止め、主体性を尊重し、人権に配慮しながら、安全にも十分に目を配ることが求められています。
そのうえで、保護者とのコミュニケーション、記録、職員間の連携などもあります。
そう考えれば、
「人が足りない」
と感じることは、当然のことでもあります。
しかし一方で、園運営を考える立場として、
「人が足りないからできません」だけで終わってしまってよいのだろうか
とも思います。
ここには、園長や主任が考えるべき大切な役割があります。
現場の「大変」を否定してはいけない
まず大前提として、現場の負担感を否定してはいけません。
「基準上は足りています」
「法律違反ではありません」
「他の園も同じです」
これだけでは、現場の保育者の苦しさは解消されません。
3歳児15人を一人で見る。
4・5歳児25人を一人で見る。
制度上の基準を満たしていたとしても、その時間帯にどのような子どもたちがいるのかによって、保育の難しさは大きく変わります。
落ち着いて遊べる日もあれば、
友達同士のトラブルが続く日もある。
一人の子どもが強く個別対応を必要とする日もある。
保護者対応が重なることもある。
体調不良の子どもがいることもあります。
だからこそ、園長や主任は、
「基準を満たしているから大丈夫」
ではなく、
「今、このクラスはどのくらいの負担がかかっているのか」
を見る必要があります。
それでも「人がいない」は現実としてある
一方で、園長としては現実も見なければなりません。
必要な人数を採用したくても、簡単には採用できない。
保育士を募集しても応募がない。
採用できても、経験や勤務時間などの条件が合わない。
欠勤や休暇によって、その日の配置が厳しくなることもあります。
国も現在、保育人材の確保を政策課題として掲げ、保育士・保育所支援センターによる支援や、ICTの活用、職場環境の改善などを進めています。
つまり、
「人が足りない」という問題は、現場だけの問題ではありません。
社会全体で考えなければならない課題です。
だからこそ、現場の保育者に、
「人がいなくても頑張れ」
とだけ言うのも違います。
園長・主任は「現場の味方」であり「園の責任者」でもある
では、どうするのか。
私は、園長や主任には二つの役割があると思っています。
一つは、
現場の保育者を支えること。
もう一つは、
園として適切な保育を実現すること。
この二つは、どちらか一方ではありません。
現場の職員に寄り添う。
しかし、現場の言うことをすべてそのまま受け入れるわけでもない。
園として必要なことは伝える。
そして、なぜそうするのかを一緒に考える。
このバランスが大切です。
「人がいればできる」という考え方を一度立ち止まって考える
例えば、
「この子にもっと丁寧に関わりたい。でも、人がいないからできない」
という相談があったとします。
もちろん、人的配置を見直す必要があるかもしれません。
しかし、それと同時に、
「本当に人員だけが問題なのか」
を考えることも必要です。
活動の組み立て方はどうか。
環境設定はどうか。
一日の流れに無理はないか。
子どもたちが自分で遊べる環境はあるか。
職員同士の役割分担は明確か。
担任だけが抱えていないか。
主任やフリー職員はどこで入るのか。
こうしたことを一つずつ考える。
「人を増やす」という方法は大切ですが、それだけが方法ではありません。
保育者の負担を「個人の力量」にしない
もう一つ大切なのは、
「その先生だから大変なのではないか」
という見方を安易にしないことです。
同じクラスでも、担任によって大変さの感じ方は違うかもしれません。
しかし、それをすぐに、
「経験が浅いから」
「保育が下手だから」
と個人の問題にしてしまうのは危険です。
なぜなら、保育は個人の力だけで行うものではないからです。
環境。
職員配置。
チームワーク。
園の方針。
保護者との関係。
これらすべてが関係しています。
だからこそ、園長や主任は、
「先生が頑張れば何とかなる」
ではなく、
「先生が力を発揮できる環境になっているか」
を見る必要があります。
ただし、何でも「運営側の責任」にすることも違う
ここも、私は大切だと思っています。
現場の大変さを理解することと、
「すべて運営側が悪い」
と考えることは違います。
保育は、子どもと直接関わる保育者にしかできない判断があります。
そして、園長や主任だけでは見えない子どもの姿もあります。
だからこそ、
「人が足りない」
という話が出たときに、
「では、どうすれば今より良くなるだろう」
と一緒に考えることが必要です。
運営側が現場を支える。
現場も、自分たちにできる工夫を考える。
その両方があってこそ、園は前に進みます。
園長が現場に入ることの意味
私は、園長が現場に入ることにも大きな意味があると思っています。
もちろん、園長が毎回保育に入れば解決するわけではありません。
しかし、
「今日はこのクラスが大変そうだ」
と感じたときに、
「何かあったら言ってください」
だけで終わらず、
実際に現場を見てみる。
子どもたちの姿を見る。
保育者の動きを見る。
必要であれば、一時的にフォローに入る。
それだけでも、保育者の感じ方は変わります。
そして園長自身も、
「現場ではこういうことが起きているのか」
と理解できます。
現場を知らずに運営だけを考えるのではなく、現場を見たうえで園を運営する。
これは園長にとって非常に重要なことだと思います。
保護者との関係も園運営の一部
子ども主体の保育を考えるとき、保護者との関係も無視できません。
例えば、
「散歩に行きたくないと言っているので、今日は園内で遊ばせました」
という保育をしたとします。
保育者としては、子どもの気持ちを尊重した判断かもしれません。
しかし、保護者には、
「最近、帰宅してからなかなか寝ない」
という困りごとがあるかもしれません。
ここで、
「保育では子どもの主体性が大切なので」
とだけ説明してしまえば、保護者との距離が広がってしまう可能性があります。
大切なのは、
「なぜ園ではその判断をしたのか」
を説明し、
「家庭ではどのような状況なのか」
を聞き、
「子どもの育ちにとって何がよいのか」
を一緒に考えることです。
保育園は、子どもを預けてくれる保護者との信頼関係があって成り立っています。
だからこそ、子どもを中心に考えながら、保護者の思いも受け止める必要があります。
「文句」ではなく「対話」に変えていく
現場から、
「人が足りない」
「こんな保育は無理です」
という声が出ることがあります。
園長として、それを単なる不満として片付けてはいけません。
その言葉の奥には、
「子どもにもっと丁寧に関わりたい」
という思いがあるかもしれないからです。
だからこそ、
「何が一番大変なの?」
「どの場面で困っている?」
「人が増えたら、何ができるようになる?」
「人以外に変えられることはある?」
と聞いてみる。
そうすると、「人が足りない」という一言の中身が見えてきます。
そして、その中身が見えれば、園として考えられることも増えてきます。
子ども主体の保育を支えるのは「人の数」だけではない
子ども主体の保育には、もちろん人が必要です。
しかし、必要なのは単純な人数だけではありません。
職員同士が相談できる。
困ったときに助けてもらえる。
子どもの情報を共有できる。
園長や主任に相談できる。
保育の考え方を話し合える。
必要に応じて保育補助者などの力を借りる。
こうした「チームとしての人的環境」が重要です。
【内部リンク:保育における人的環境とは?】
園長・主任の仕事は「正解を教えること」ではない
子ども主体の保育に、すべての場面で一つの正解があるわけではありません。
だからこそ、園長や主任が、
「こうしてください」
と答えを出すだけではなく、
「あなたはどう考えた?」
と職員に問いかけることも大切です。
なぜその判断をしたのか。
子どもはどうだったのか。
他に方法はあったのか。
次はどうしてみるのか。
こうした対話を繰り返すことで、保育者自身の専門性も高まっていきます。
「人が足りない」を出発点にする
人員不足は、簡単に解決できる問題ではありません。
だからといって、現場に我慢だけを求めることもできません。
一方で、
「人が足りないからできない」
だけで終わってしまえば、子どもにとってより良い保育を考える機会も失われてしまいます。
だから私は、
「人が足りない」という声を、問題の終着点ではなく、改善の出発点にしたい
と思っています。
何が負担なのか。
何を変えられるのか。
どこに人が必要なのか。
どこは環境を変えればよいのか。
園長や主任が支えられることは何か。
運営側に改善を求めるべきことは何か。
そして、子どもにとって何が一番大切なのか。
一つひとつを職員と一緒に考えていく。
それが、これからの園運営に求められることなのではないでしょうか。
子ども主体の保育を実現するために必要なのは、
「もっと頑張ること」
だけではありません。
保育者が専門性を発揮できる環境を、園全体でつくっていくこと。
それもまた、園長や主任の大切な仕事なのだと思います。
【内部リンク:「子ども主体の保育」と人員配置の難しさ】
【内部リンク:園内研修の進め方とは?】
【内部リンク:保育園の園内研修ネタ30選】


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