「今日は散歩に行きたくない」
子どもから突然そう言われたら、どうしますか?
「みんな行くから行こう」
「もう準備したから行こうね」
と声を掛けることもあるでしょう。
一方で、
「今日は行きたくないんだね」
と、まず子どもの気持ちを受け止めることもできます。
では、子ども主体の保育では、「行きたくない」と言ったら散歩に行かなくてよいのでしょうか。
私は、そう単純な話ではないと思っています。
子どもの思いを受け止めることと、子どもの言う通りにすることは同じではありません。
なぜ行きたくないのか。
今の子どもの姿をどう捉えるのか。
散歩ではどのような経験を保障したいのか。
他の子どもたちとの生活をどう考えるのか。
こうしたことを考えながら判断するところに、保育者の専門性があります。
この記事では、「散歩に行きたくない」という身近な場面から、子ども主体の保育について考えてみます。
この記事でわかること
・「散歩に行きたくない」と言われたときの考え方
・子どもの気持ちを受け止める意味
・「子ども主体」と「子どもの言う通り」の違い
・散歩へ行く目的を考える視点
・保護者から要望があったときの考え方
・一人で判断せず、チームで保育する大切さ
まずは子どもの気持ちを受け止める
「散歩に行きたくない」
そんな言葉が出たときに、まず大切にしたいのは、その気持ちを受け止めることです。
すぐに、
「どうして?」
と理由を求めるのではなく、
「今日は散歩に行きたくないんだね」
と、その子の思いを理解しようとする。
もしかすると、
外が暑いのかもしれません。
疲れているのかもしれません。
友達との間で何かあったのかもしれません。
散歩そのものが嫌なのではなく、別の理由があるのかもしれません。
子どもの言葉だけではなく、表情、その日の様子、普段の姿なども含めて考えてみます。
「行きたくない」という言葉を、そのまま行動だけで捉えない。
その背景に何があるのかを考えることも、保育者の大切な仕事です。
「どうして?」と聞けば分かるとは限らない
大人は理由を知りたくなります。
でも、子ども自身が「なぜ行きたくないのか」をうまく説明できるとは限りません。
何となく疲れている。
今日は気持ちが乗らない。
昨日あった出来事が引っ掛かっている。
自分でも理由が分からない。
そんなこともあります。
だから、
「どうして行きたくないの?」
と答えを求め続けるより、
「今日はちょっと嫌なんだね」
と受け止めながら様子を見ることも必要です。
言葉だけで答えを探すのではなく、その子全体を見る。
ここにも保育者の専門性があります。
では「行かない」という選択を認めればいい?
ここからが難しいところです。
子どもと関わる中で、
「今日は散歩に行かず、園で遊びたい」
という思いが見えてきたとします。
園内で安全に過ごせる。
職員体制にも問題がない。
他の場所で十分に遊ぶことができる。
そうした条件が整っていれば、その日は園内で過ごすという判断も考えられます。
では、それが毎回続いたらどうでしょうか。
散歩の日になると、毎回行かない。
外遊びそのものを避けるようになる。
園内で好きな遊びだけを選ぶことが続く。
そのときには、
「本人が行きたくないと言っているから」
だけで判断するのではなく、もう一度その子の姿を考える必要があります。
「子ども主体」と「子どもの言う通り」は違う
ここは、子ども主体の保育を考えるうえでとても大切です。
子どもの主体性を尊重することは、子どもの希望をすべてそのまま受け入れることではありません。
「嫌」と言ったら、全部やらなくていい。
「やりたい」と言ったら、何でもやっていい。
ということではありません。
子どもの思いを出発点にしながら、
「この子は今、何を感じているのだろう」
「この子にどんな経験を保障したいのだろう」
「今は待つ方がいいのか」
「少し背中を押した方がいいのか」
「別の方法はないのか」
と考えていく。
そこには保育者の判断が必要です。
子ども主体の保育とは、保育者が判断をしなくてよい保育ではありません。
むしろ、子どもの姿を丁寧に捉えるからこそ、考えることが増える保育だと思います。
保育者が「何もしない」ことが主体性の尊重ではない
子どもの主体性を大切にしようとすると、
「大人は口を出さない方がいい」
「できるだけ子どもに決めてもらおう」
と考えることがあります。
もちろん、待つことや見守ることは大切です。
ただ、保育者が何もしないことと、子どもの主体性を支えることは違います。
子どもの姿を見る。
必要な環境を用意する。
選択肢をつくる。
言葉にならない思いを受け止める。
必要なときには援助する。
危険があれば止める。
集団の中で難しいことは、分かるように伝える。
こうした関わりも含めて保育です。
子どもの主体性を大切にするほど、保育者には「今はどう関わるべきか」を考える力が求められます。
そもそも、なぜ散歩へ行くのか
「行くか、行かないか」で迷ったときには、一度、
「なぜ散歩へ行くのだろう」
と考えてみることも大切です。
散歩には、
・体を動かす
・季節や自然に触れる
・地域を知る
・友達と一緒に歩く
・園内では出会えないものを発見する
など、さまざまな経験があります。
大切なのは「散歩という予定を実行すること」ではありません。
散歩を通して、子どもにどのような経験をしてほしいのかということです。
目的が見えてくると、別の方法が見つかることもあります。
例えば、外へ出ることそのものに抵抗があるなら、まず園庭で短時間過ごしてみる。
自然に触れることが目的なら、園庭やテラスで植物を見ることもできます。
体を動かすことが目的なら、別の運動遊びを考えることもできます。
一方で、毎回本人の希望だけで経験の機会をなくしてしまえば、その子が出会えるはずだった経験まで狭めてしまう可能性があります。
だからこそ、方法ではなく目的から考えることが大切です。
「今日は行かない」が正解になることもある
子ども主体の保育では、毎回同じ答えになる必要はありません。
昨日は散歩に行った。
今日は疲れているから園で過ごした。
明日は友達と一緒に行ってみた。
それでもいいと思います。
大切なのは、
「散歩の日だから絶対に行く」
でも、
「本人が嫌と言ったから絶対に行かない」
でもありません。
その日の子どもの姿を見て考えることです。
保育には、こうした一つひとつの判断があります。
だからこそ、マニュアルだけでは完結しません。
保護者から「無理にでも連れて行ってほしい」と言われたら
ここで、もう一つ難しい場面があります。
子どもが散歩に行きたくないと言い、その日は園内で過ごした。
それが何度か続いた。
すると保護者から、
「散歩に連れて行ってもらわないと、夜なかなか寝なくて困ります」
と言われた。
さて、どう考えるでしょうか。
まず必要なのは、
「子ども主体なので、本人が嫌なら行かせません」
と終わらせないことです。
保護者が困っているのであれば、その思いも聞く必要があります。
家庭ではどんな様子なのか。
最近の生活リズムはどうなのか。
園での午睡や活動量はどうなのか。
散歩に行きたくない様子は、いつ頃から続いているのか。
園と家庭で情報を出し合うことで、初めて見えてくることがあります。
保護者の要望通りにすることとも違う
一方で、
「保護者から言われたから、嫌がっていても連れて行く」
と単純に決めることも違います。
保護者の思いを受け止めることと、その要望をすべてそのまま実行することは同じではありません。
ここでも中心に置きたいのは、子どもの姿です。
なぜ行きたくないのか。
園ではどんな様子なのか。
家庭ではどうなのか。
散歩以外の活動量はどうなのか。
園としてどのような経験を大切にしたいのか。
こうした情報を保護者とも共有しながら、
「では、この子にとってどうするのがよいだろう」
と一緒に考えていきます。
保護者対応でも、一方が正解を決めるのではなく、対話することが大切です。
「子どもの最善の利益」という視点から考える
保育所で保育を考えるとき、大切になるのが「子どもの最善の利益」という視点です。
これは、
「子どもの希望をすべてかなえる」
という意味ではありません。
その子にとって何が大切なのかを、さまざまな情報から考えることです。
子どもの思い。
発達。
健康状態。
生活リズム。
友達との関係。
家庭での様子。
これまでの経験。
保護者の思い。
園で大切にしている保育。
こうしたものを切り離さずに見ていきます。
「散歩に行くべきか、行かないべきか」という二択ではなく、
「今、この子にとって何が大切なのか」
を考える。
その視点を持つことが必要です。
一人で判断しないことも大切
こうした判断を、担任一人で抱える必要はありません。
「最近、散歩に行きたくないと言うことが増えています」
「こんな様子が気になっています」
「家庭ではどうでしょうか」
と共有する。
主任や園長に相談する。
他の職員から見た子どもの姿を聞く。
必要に応じて保護者とも話す。
こうして複数の視点から子どもを見ることで、担任だけでは気付かなかったことが見えてくる場合があります。
保育は、一人で完結する仕事ではありません。
特に「どうするのが正解か」と迷う場面ほど、チームで考えることが大切です。
関連記事:
「一人で抱え込んでいない?『保育士もインクルーシブ』で考える、チームで支える保育」
人員配置も無関係ではない
もちろん、人的環境も重要です。
子ども一人が散歩へ行かず園内に残りたいと思っても、保育者が一人しかいなければ対応できないことがあります。
別の職員が対応できる。
他クラスと連携できる。
園内で安全に過ごせる。
こうした環境があることで、選択肢は広がります。
ただし、
「人がいないから仕方がない」
だけで考えるのではなく、
今の体制で何ができるのか。
日頃からどのように役割を組めるのか。
似た状況が続くなら園としてどう対応するのか。
まで考えておく必要があります。
人的環境については、別記事「保育における人的環境とは?」でも詳しく紹介しています。
子ども主体だからこそ、保育者の専門性が必要
子ども主体の保育という言葉だけを見ると、
「子どもに任せる保育」
のように感じることがあります。
でも、実際はもっと複雑です。
子どもの思いを受け止める。
その背景を考える。
環境を整える。
選択肢をつくる。
待つ。
援助する。
必要なことは伝える。
家庭での姿も知る。
他の職員と共有する。
そして、その子にとって今どうすることがよいのかを考える。
この積み重ねが保育者の専門性です。
「散歩に行きたくない」という一言だけでも、そこから考えられる保育はたくさんあります。
まとめ|「行く・行かない」より、その子の姿を考える
子どもから、
「散歩に行きたくない」
と言われたとき。
大切なのは、
「散歩には必ず行く」
でも、
「嫌なら行かなくていい」
でもありません。
まず、その気持ちを受け止める。
言葉や表情、普段の姿を見る。
なぜそう感じているのかを考える。
散歩で保障したい経験を考える。
必要であれば別の方法も考える。
何度も続くのであれば、その背景をもう一度丁寧に見る。
一人で判断せず、職員や保護者とも話す。
こうした過程そのものが保育だと思います。
子ども主体の保育とは、
「子どもの言う通りにする保育」
ではありません。
子どもの思いを大切な出発点にしながら、その子にとってより良い育ちや経験とは何かを、保育者が考え続ける保育です。
だからこそ、子ども主体の保育には保育者の専門性が必要です。
「今日、この子はなぜ行きたくないのだろう」
その小さな疑問から子どもの姿を丁寧に見ていくことが、子ども主体の保育につながっていくのだと思います。
【内部リンク:「子どもの主体性とは?保育者が『待つ』ことの意味」】
【内部リンク:「子ども主体の保育」と人員配置の難しさ】

